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ゆるりと☆漫画で戦国時代

戦国武将にまつわる逸話をゆるーく、漫画にしました☆それにまつわる観光地やエピソードをご紹介しています!

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雑談★以外に面白い!大阪冬の陣、夏の陣に至るまでの出来事!

大阪冬の陣、夏の陣発端の経緯 

 

2016年 大河ドラマ 真田丸!!

終わりに近づいてきましたね!

 

今日は真田幸村が有名になったきっかけでもある、大阪冬の陣、夏の陣までの経緯をまとめてみした。

 

大阪冬の陣

夏の陣

 

といえば戦国時代の最後を飾る戦で

 

すよね!

 

2回にわたり行われた大阪でのこの戦は、天下分け目の関ヶ原の戦いの約14年後の出来事です。 関ヶ原の戦い といえば、

 

 

豊臣秀吉の時代は終わった!よっしゃ徳川が天下を取るぜ、な徳川家康
 
VS
 
そうはさせるか!豊臣家の天下は俺が守る、な石田三成
 
 

というイメージだったんですが、実際はちょっと違ったんですよね。

 

ざっくりいえば、 豊臣家に臣従してる者たちによる盛大で複雑な大喧嘩といったところでしょうか。

 

もともと秀吉の部下たちの間で派閥があり、家康はそこをうまいとこ利用し両者の間で戦を起こさせたんですね・・・

最初っから家康は天下を狙っていて、 三成はそれを阻止すべく家康と対立していきます。

 

豊臣家家臣の間にある派閥と徳川家康

 

石田三成 「家康め、秀吉様がいなくなったとたんに好き放題しやがって・・」

 

宇喜多秀家 「絶対天下狙ってるよね。やりかたが腹黒いわ。」

 

小西行長 「秀頼様はまだ幼いゆえ、我々が豊臣家を守らねばっ!」

 

大谷吉継 「みんな!家康に騙されるなよ!!あいつは豊臣をつぶす気だッ!!」

 

・・・・・

 

徳川家康 「ひどい・・ワイそんなつもりないのに・・秀頼様の為に色々と、自分なりに考えて働いてるんやで?(いいぞいいぞ!戦になるぞコリャ~!)」

 

加藤清正 「家康さんこう言ってるぞ!家康さんができる男だからって嫉妬してるの?まじで三成嫌い。豊臣家の代表ヅラして仕切ってんじゃねぇぞ!」

 

福島正則 「秀吉様もいなくなったし、これを機に、三成を豊臣から追い出してクリーンな豊臣家にしようぜ!」

 

徳川家康 「みんな落ち着いて!ワイは気にしてないからさっ!さあ皆で仲良く豊臣家を盛り上げてこうぜ!(三成嫌われすぎ・・・こっちの思うツボよ・・・にやにや)」

 

黒田長政 「懐でけぇ!カリスマ性半端ないぜ!これからは俺、家康様についてくぜ!!」

 

徳川家康 「ありがとうみんな!てかさ、上杉家が豊臣に対して謀反を企んでるらしーよ?ワイが詳しく聞いとくわ!(上杉は三成と仲いいからつぶさないとね~)」

 

 

・・・・・

直江兼続 「上杉家は謀反なんて企んでませんが?どこかの誰かさんと違ってね?」

 

上杉景勝 「文句あるならかかってきな?受けて立つわよ?」

 

石田三成 「家康の野郎!俺の友人にヒドイ言いがかりを!もう限界だし成敗しなきゃ・・・!」

 

・・・そして・・・

ついに天下分け目の 関ヶ原の戦いが勃発!

 

関ヶ原の戦いの後、家康はひたすらに「待つ」!

こうして起こった関ヶ原・・

そして勝利を得たのは家康側です!

 しかし、勝ったはいいが、このままではまだ、

天下は豊臣家のままです。

 

徳川家康が天下人!!」

 

となるには、なんとしても秀吉の子、秀頼の権力を削いでいかねばならんのです。

まだ秀頼はこの時幼かったため、事実上のトップは家康なんですがね。

ここから大阪の冬の陣が始まるまで14年間も期間が空きます。長いですよね・・・。

 さすが、

 

 鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス 

 

家康さんです。

この14年間、家康は依然として秀頼に忠誠を誓う形で過ごしてきました。

 

うかつに秀頼を蹴落とすようなことをすれば、関ヶ原で味方してくれた豊臣恩顧の武将もだまっちゃいないでしょうからね。

 

それにまだ、前田利家という家康にひけをとらない権力者がいたので家康も慎重にならざるを得なかったんですね。

前田利家家康みたいに天下とりでギラギラしてたわけじゃなかったみたいですが・・・

 

そうして月日が流れていき、流れがかわります、

家康、すごいことになりました・・・、

 

征夷大将軍任命!!!!

 

実質No1となった家康、豊臣家はどうなる?

 

トップです。 武家のトップ!!!

これにより。秀頼は明確に、家康より下の存在になってしまいました。

徳川の名が天下一となったのです。

 

もはや豊臣家の権力は下火、徳川につく者も多く、 秀頼豊臣家が再び頂点に立つことを諦めなければなりませんでした。

そしてその後、家康は2年ほどしてすぐに将軍の権威を息子の秀忠に譲ります。

 

 

秀頼 「待って待って?家康の息子が将軍?ずっと徳川が将軍?大人になったら僕が天下人のはずだったのにおかしくないかい?泣」

 

家康 「息子が将軍になったで!秀頼くん、祝いに来て?」

 

秀忠 「どうも僕がNo1です(ドヤッ)。挨拶しにきてよね?(にやにや)」

 

淀殿(秀頼母ちゃん) 「いかなくて良いのよ!!徳川家の天下なんて絶対に認めないんだから!!」

 

家康 「へぇ・・・来ないんだ?武家の中で一番偉い人のお願い聞いてくれないんだ?みんな来てくれてるのに    ねぇ・・」    

 

 

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~~~数年後~~~

 

家康 「どうもNo1の徳川です。秀頼君!ここ数年会ってないしワイんとこに会いにおいで?」

 

淀殿 「秀頼ちゃん、行かなくていいからね!会いたきゃオマエが来いって話よ!何様なのよっ!」

 

加藤清正 「今回ばかりは行かなきゃダメです!逆らったらこれを機に攻めてきますぞ!悔しいけどもう誰も徳川家にはかなわないんです・・・泣」

 

秀頼19歳 「行くよママ・・・豊臣家が滅ぶよりマシさ・・・」

 

 

~~~そして~~~

 

豊臣秀頼19歳(身長約2メートル巨漢) 「家康様!ごぶさたしております!」

 

家康 「おおぅ・・・久しぶりやん・・・・・(で、でかいッ・・・!強そう!なにこの威圧感ヤバイ!しかもなんか聡明で知的なオーラでてる!)」

 

豊臣秀頼19歳(身長約2メートル巨漢) 「(僕のプライドはボロボロさ・・・でもこれで豊臣家は救われたんだ・・・)」

 

家康 「(今日来てくれたらワイの勝ちで決着つけるつもりだったけど・・・コイツの未知の可能性やばすぎる・・・)」

 

家康 「(絶対近いうちに滅せねば・・・・・・・)」

 

 

 

数年ぶりに会った秀頼があまりにもたくましく成長しており家康はビビったのでした。

 こうして豊臣家をつぶすための大阪冬の陣へとつづくのであります・・・

 

 

本当はこの流れを漫画に描きたかったのですが収集がつかなくなりそうで断念。

ゆるーく、マイペースにやってきます。笑

 

 

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